武漢の歴史 2005年まで

  都市・インフラ 産業(主に日系企業)
-1949 223年 呉の孫権によって黄鶴楼建築
1868年 清によって再建1884年に焼失。その後100年間再建されない
1893年 武漢大学の前身「自強学堂」が武昌三佛閣大朝街口(現在の武昌の音楽学院東側軽音部御用達楽器屋あたり)に設立
1861年 アメリカ総領事館開館
1898年1月1日 大阪商船(現在の商船三井)上海=漢口線開設
1898年ベルギーの会社が北京漢口の鉄道「京漢鉄道」の建設費用一部を負担と30年間の営業権を持つ契約締結
1899年5月2日 大阪商船 漢口=宜昌線を開設
1900年 粤漢鉄道着工(英・仏・独の借款)
1901年 漢口大洪水
1902年湖南汽船 漢口=湘潭 開設
1902年10月 武漢大学前身「自強学堂」が武昌東廠口(現在の首義広場付近)に移転、校名を「方言学堂」に改名
1903年6月 日本郵船 上海=漢口線開設
1904年 黄鶴楼跡地に2階建ての西洋式の火の見櫓建設
1906年4月 「京漢鉄道」開通
1907年 黄鶴楼跡地に「奥略楼」建設
1911年 3月武漢大学前身の「方言学堂」が武漢軍官学校となる
1911年 10月辛亥革命 武昌と漢陽を制圧し中華民国設立
1913年 武漢軍官学校を「国立武昌高等師範学校」として開校
1916年 「粤漢鉄道」広州~韶関が開通
1916年6月 「通湘門駅」が現在の武昌駅より少し南側に完成
1917年3月 「粤漢鉄道」武昌~蒲圻が開通。武昌通湘門~蒲圻で営業開始
1918年9月 「粤漢鉄道」蒲圻~長沙が開通。新しく完成した武昌徐家棚駅(後の武昌北站)~長沙で営業開始
1919年 徳明飯店開業
1923年9月「国立武昌高等師範学校」を「国立武昌師範大学」に改名
1924年「国立武昌師範大学」を「国立武昌大学」に改名
1926年「国立武昌大学」と武漢にあるいくつかの大学を集約し「国立武昌中山大学(または国立第二中山大学)」として和文科、理科、法学科、経済科、医学科、預科の6科、17個系、2個部として開学。
1928年7月 正式に「国立武漢大学」として開学
1931年 璇宮飯店開業
1931年 8月19日長江氾濫 漢口水位28.28m歴代7位
1932年3月 武漢大学が武昌城内から現在の珞珈山に移転
1936年4月 「粤漢鉄道」韶関~長沙が開通し全線開通。武昌徐家棚~広州で営業開始
1936年6月 「武昌徐家棚駅」が「武昌東駅」に改名
1936年12月 「武昌総駅(現在の武昌駅)」完成 
1937年1月1日 「武昌総駅」営業開始。「通湘門駅」廃止
1949年 アメリカ総領事館閉館

1875年2月3日  三菱商会が横浜~上海航路を開設(日本初の外国航路)
1894年4月 熊本の東肥合資会社(三菱洋行の代理店)が漢口支店設立
1894年 三菱商会(三菱商事)香港支店が漢口に連絡事務所を所有
1897年8月8日 東肥合資会社が東肥洋行となる
1898年1月 大阪商店が事務所設立
1900年 三井洋行(現三井物産)漢口支店を江漢路日清汽船ビル横に設立、(中国側資料では1902年4月)
綿花などの商売を開始
     三菱合資会社(三菱商事)黄石大冶山の大冶鉄鉱石を八幡製鉄へ輸出、積み出しを漢口から開始。
1901年 日本人74人(英195、米194、仏82、独87 その他358)
1902年 日本人106人
1902年7月 三菱洋行(三菱商事)門司支店漢口営業所を漢口税関横に設立(中国側資料では3月)三菱商会としては海外初の拠点。(香港と上海は1906年)
1903年 日本人270人
1903年6月 日本郵船 上海=漢口線 開設
1903年日信洋行(後のニチメン現双日)
    漢口の江漢路に支店ビル設立→現存
1904年 日本人347人
1905年 日本人528人(英504、米500、仏123、独162 その他325)
1906年9月 三菱商会 漢口事務所を支店(三宅川百太郎支店長 1912年4月まで)に昇格 6411坪の土地を購入し新社屋を建設開始。
1906年 日本人1062人
1907年 横浜正金銀行(現三菱UFJ銀)漢口支店設立→現存
     三菱洋行漢口支店に昇格、支店ビルを江灘に設立
1908年 住友銀行漢口支店設立
1909年 5月三菱洋行漢口支店新社屋竣成
1910年4月 信昌洋行=伊藤洋行(伊藤忠)漢口出張所を英租界湖北街(現中山大道)沿いに開設
1917年 日本人2045人(うち92人小学生、37人が未就学児童)
1917年8月 岩井商店(日商岩井現双日)江漢路121号に出張所設立
1918年10月 豊田佐吉(トヨタグループ創設者)武漢漢口視察
1924年 日本向け大冶鉄鉱石の輸出は年間68万トンになる
1926年 東洋綿花(後のトーメン-現豊田通商)
     江漢路日清汽船ビル2階に漢口支店開設→現存
1942年6月 トヨタ自動車興行が豊田紡織廠と華中豊田自動車工業漢口出張所設立 
       華中豊田自動車興行が現地法人「武漢交通公司」を設立
1950-1984 1950年8月1日 「武昌総駅」を「武漢南站」に改名。「武昌東駅」を「武昌総站」に改名
1953年 湖北省博物館設立
1954年8月18日 長江洪水歴代1位1漢口水位29.73m
1955年 黄鶴楼跡地の建物すべて撤去
1956年 漢口飯店(ラウンジ16の西側建設現場。地上4階だて)開業
1956年1月 江漢橋(凱徳広場の南側)が新規開通
1957年10月15日 武漢長江大橋開通 ソビエトの技術で中国で初めて長江にかかる橋同年 武漢で初めての大型商業施設「友好商場」開業
1957年10月15日 「武昌総站」を「武昌北站」に改名
1958年 漢口~丹江口を結ぶ「漢丹線」が着工
1960年6月1日「漢丹線」の襄樊~丹江口が開通
1963年現在の新世界ホテルに武漢飯店(地上8階)開業
1965年10月 「漢丹線」全線開通
1969年4月30日 武昌南駅拡張工事完了し「武昌新站」と改名
1969年5月1日 「武昌新站」営業開始
1973年襄樊~重慶を結ぶ「襄渝線」全線開通
1975年7月1日 「武昌新站」が「武昌站」に改名。「新余家湾駅」が「武昌南站」(現在は旅客なし)に改名。
1978年4月25日 知音橋開通
1978年6月1日 「襄渝線」営業開始
1980年9月2日 漢口水位27.76m歴代10位
1983年7月19日 漢口水位28.11m歴代8位
1984年7月10日 晴川飯店開業(ホリデイインになるのは1999年)24階建88.6mのこのビルは当時武漢で一番高い建物
 
1985 1985年6月 黄鶴楼再建
漢口飯店14階に増築
 
1986 武漢タワー(湖北亀山広播電視塔海抜311.4m)供用開始  
1987 長江大酒店開業  
1988 5月1日 旧月湖橋が開通
9月25日 パリ発東京行きオリエント急行(フジテレビ・日立特別企画)の中国内運行満州里~北京~香港紅磡の途中で長江大橋を通過。北京~広州の牽引は「デ北京3型」2両重連だった
中国・フランス合資自動車30万台生産プロジェクト締結
10月武漢東湖ハイテク産業開発区設立
1989    
1990    
1991 4月21日漢口駅記念式典 10月1日供用開始
12月16日 天河新空港建設開始
三井物産武漢事務所設立
2月YE DIGITAL及び株式会社ワイ・イー・データは武漢東珞新技術研究所(現 武漢東珞新技術有限公司)と「武漢安珞計算機系統有限公司」設立。
1992 4月30日、7月31日 航空路(礄口区、新世界ホテル前)立体交差供用開始 5月18日 プジョーシトロエン「神龍汽車」設立
1993 亜洲大酒店(アジアホテル)開業
三峡ダム建設開始
4月武漢経済技術開発区設立
1994    
1995 4月15日 武漢天河空港開港 
6月9日 武漢第2大橋供用開始(90年度円借款プログラム)
7月9日 漢口水位27.79mを記録歴代9位
7月 マクドナルドが江漢路に初出店
9月22日 KFC 江漢路に初出店
11月 川崎重工と中国・武漢船用機械有限責任公司との合弁
「武漢川崎船用機械有限公司」設立
12月7日NEC「武漢NEC中原移動通信有限公司」設立
12月 荒井製作所、武漢荒井密封件製造有限公司設立
協和合金「武漢協和歯環有限公司」設立
1996 12月 武胜路の泰合広場(176m)が当時最も高いビルとして開業
12月30日 高速道路G4全線開通
 
1997 武漢国貿大厦(現新世界国貿ビル 西北湖のそば建設大道沿い。現在アメリカ総領事館、本田貿易などが入居地上55階 地下2階高さ212.5m)が完成。泰合広場を抜いて武漢No.1のビルに 武漢協和歯環有限公司操業開始
1998 漢陽の王家湾にカルフール十升店が中国10番目として武漢で初めて開業
8月19日漢口水位29.43mを記録(歴代2位)
10月10日 国貿大厦17階に駐武漢フランス総領事館が開館
1月武漢川崎船用機械操業開始
12月10日神戸市「神戸・長江経済貿易連絡事務所」(漢口火車站廣場東側東北大酒店四階A1号橋倉所長)開設
1999 3月31日晴川飯店、武漢晴川假日酒店として営業開始
5月14日 シャングリラホテル開業
7月23日 漢口水位29.43mを記録 歴代3位
武胜路のカルフール(19年に閉店)開店
武漢世貿広場229mが完成し武漢NO.1の高いビルに
漢口飯店が営業終了
 
2000 9月9日白沙洲大橋(3環路)供用開始
11月天河国際空港に改名
神龍汽車の生産台数が15万台に 
2001 7月20日 晴川橋(赤い半円の橋)開通
9月13日ドイツMETROが武昌の徐東にある洪山商場に開店
8月3日「武漢NEC中原移動通信有限公司」が「武漢NEC移動通信有限公司」に改名、
2002 8月25日漢口水位27.76mを記録歴代10位タイ 9月19日日産、東風汽車公司と東風汽車有限公司設立
2003   6月9日 日産十堰に東風汽車有限公司設立
7月16日 ホンダ 東風汽車と東風本田汽車(武漢)有限公司を設立
9月 東風汽車本部を十堰から武漢に移転
10月武漢丸順汽車配件有限公司設立(2006年5月生産開始)
10月22日 インテック武漢設立
11月12日川崎汽船武漢に連絡員事務設立
ホンダトレーディング中国事務所開設(現 武漢本田貿易有限公司)
2004 7月28日地下鉄1号線 開業  
西北湖、新華路と建設大道交差点西北の「錦江大酒店」開業
1月9日リケンが理研汽車配件(武漢)有限公司設立
4月5日艾迪系統開発(武漢)有限公司 (ID武漢)設立
4月24日東風本田CRV生産開始
5月5日 日通商事(現NX商事)「日通商事(武漢)倉儲有限公司」(総経理:石野公規)設立
8月23日 武漢森六汽車配件有限公司設立
11月エフテック「偉福科技工業(武漢)有限公司」設立
2005 3月18日 国貿大厦が改装などを経て「新世界国貿大厦」として再スタート
6月23日 武漢~広州南間968kmの高速鉄道建設開始
最小曲線半径は7000m(新幹線浜松は2200m)
1月9日加賀電子、湖北加賀電子有限公司設立
2月株式会社ヒラタと株式会社本郷(現エイチワン)が武漢愛機汽車配件有限公司設立
3月高尾金属工業と菊池プレス(現ジーテクト)WAPAC設立
3月ユタカ技研「武漢金豊汽配有限公司」設立
4月テイ・エステック武漢提愛思全興汽車零部件有限公司設立
6月NEC「武漢烽火移動通信有限公司」を設立
7月メイコー名幸電子(武漢)有限公司を設立
7月29日 八千代工業武漢設立
10月三桜武漢汽車部件有限公司設立
10月メタルワン「五礦鋼鉄(武漢)」設立
日本パーカライジング「武漢帕卡濑精化工有限公司」設立